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#088 (公財)アイメイト協会 代表理事
塩屋隆男さん

主体は犬ではなく「人」
練馬区が国産盲導犬発祥の地


 実は練馬は、日本の盲導犬の発祥の地。国産の盲導犬第1号・チャンピイを育てた塩屋賢一氏が創設したアイメイト協会が、関町にあります。そして、2014年1月末現在、協会を巣立った使用者とアイメイト(盲導犬)のペアは、延べ1216組。日本一の実績を誇ります。

「犬の訓練だけではなく、『盲導犬を連れた歩き方を使用者(視覚障害者)に教える』のが我々の大切な仕事です。塩屋賢一は、犬の訓練も人の教育も、天才的でした。何より、使用者1人1人を好きになるから、指導に愛情があったんです」

「思いもつかない発想のできる人、常に実用性を最重視する人でした。今でも、海外の協会から見学者が、当協会の訓練に舌を巻くほどなんですよ」

 そう自負する隆男さんは、塩屋賢一氏の長男です。1977年、22歳の時、歩行指導員見習いとして、厳しい父の教えを受けました。

「昔ですから、『何やってんだ!』『頭使って考えてみろ!!』と怒鳴る感じでしたけどね(笑)。子どもの頃もよく殴られて(笑)、いつか見てろと思っていましたが、この世界に入って、父の凄さを思い知りました」

 塩屋賢一氏が作った基礎をもとに、今でもよりよい犬の訓練や人への歩行指導を創意工夫し続けているとのこと。

「今、犬舎には約60頭いますが、吠える声が聞こえませんよね? 吠えるのは本能ですから、自制させれば、他の訓練も落ち着いて受けられるんです」

 盲導犬が足りていない、というのも一概にはそうとは言えないそうです。

「視覚障害者全員が盲導犬を希望するわけではありませんから。また、使用者となる人には、犬の訓練の維持や使用者としてのマナーも求められます。アイメイト協会では、申し込んでから1年以内にはアイメイトとの歩き方や接し方を学ぶ歩行指導に来て頂いています」

 人と犬が共に歩く、だから「アイメイト(私の愛する目の仲間)」。そのアイメイトは、生後2か月からの約1年は飼育奉仕と呼ばれるボランティア家庭で愛情たっぷりに育てられ、2〜3歳から約10年活躍します。その後はリタイア犬奉仕の家庭に引き取られ、15〜16歳の生涯を穏やかに閉じます。



犬に教えるのは応用力
使用者の健康的な変化が嬉しい


 盲導犬になれるのはどのくらいの割合でしょうか。

「優秀な犬を計画的に繁殖するので、適性のない犬はほとんどいません。乗り物に弱い、大きくなりすぎるなどの理由でなれない犬はいますが。訓練は4か月で、座れ、伏せなどの基礎訓練と、ハーネスを付けて歩く誘導訓練を並行します。実際、アイメイト協会の場合は盲導犬になれる犬は約7割ですね」

「訓練された犬も、人が扱い方を知らないと、すぐに普通の犬に戻ってしまう。主役はあくまで人。アイメイト歩行は、人が犬に指示を出し、犬が目の役割を担って実現する協同作業です」

 訓練や歩行指導について、ベテラン指導員ほど安心!? と思いがちですが、実はそこには落とし穴があるそうです。

「仕事に慣れてくると『犬使い』になりやすいんです。サーカスのライオンのように、自分の前でだけ言うことを聞かせてしまう。指導員には、自分を律し、常に自ら反省し、工夫していく努力が求められるんです」

「私たちが目指すのは、使用者とアイメイトのペアがどんな場所でも歩いて行けること。知っている場所だけを覚えさせても無意味です。だから、大切なのは応用力だと考えています」

「自由に歩けるようになった使用者は、表情が明るくなり、お腹から声が出て、日に焼けていきいきとしています」

 そんな健康的な変化を見るのが、なにより嬉しい、という塩屋さんでした。

(2014年2月3日)

アイメイト候補犬の訓練風景。
スタッフは事務員4名、
歩行指導員5名、研修生3名。
指導員1人につき、
5〜6頭の犬を担当する
(写真提供:アイメイト協会)


1996年に移転した
アイメイト協会の外観


使用者が宿泊する部屋。
使用者が協会に4週間
泊まり込み、指導を受けます



建物内を案内
してくれる塩屋さん。
洗濯機のボタンなどにも
点字が付いています


ボランティア家庭のうち
一番足りていないのは
飼育奉仕。随時募集中
(写真提供:アイメイト協会)


人ごみでも自由に歩ける!
アイメイト使用者の様子
(写真提供:アイメイト協会)


アイメイトを連れて
働く使用者の様子
(写真提供:アイメイト協会)


書ききれないほどの
詳しい話をたくさん
聞かせてくれた
気さくな人柄の塩屋さん

プロフィール

塩屋隆男さん

塩屋隆男さん

1954年、練馬区関町生まれ。日本の盲導犬事業第一人者、塩屋賢一氏の末っ子長男として生まれる。上に姉が2人。子どもの頃から犬と一緒で、ドッグフードなどなかった時代、近隣の店舗で残飯をもらってきて、かまどで煮るなどして父の仕事を手伝った。別の仕事をしたいと思っていたが、父が脳出血で倒れたのをきっかけに、協会事業を継ぐことを決意。1977年、歩行指導員見習いに。理事長秘書兼任などを経て、2005年、アイメイト協会代表理事となり、現在に至る。月1回、協会にて一般の見学会も開催している(1月から11月まで毎月最終土曜日の14時から約2時間)。家庭では、娘2人の父で、初孫が生まれたばかりのよきおじいちゃん。練馬で好きなお店は、武蔵関駅南口の洋食屋・三浦亭。

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