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#068 江古田ミツバチ・プロジェクト代表
谷口 紀昭さん
つながる力が、街を変えていく
春爛漫、練馬にも花が咲き誇り、ミツバチが喜ぶ季節となりました。そのミツバチを飼い、大学や商店街と連携して地産地消につなげていく「江古田ミツバチ・プロジェクト」がスタートして、今年で3年目。会員数もハチミツの採取量も、順調に増えつつあります。
「発足のきっかけは、区の特別聴講生制度で、私が武蔵大学の環境講座に1年間通ったことでした。そこで教授や学長と知り合いになり、『勉強したことを地元に活かしたいから』と50周年記念ホールを借り、2005年『若者と市民の環境会議』を開いたんです。これが環境活動具体化の原点ですね」
と、当初の話を振り返ってくれたのは、代表の谷口さん。この頃はまだ、ミツバチの発想はなかったそうです。
「3大学が集まり、そのうち2つがアート系大学。ライブハウスや地元住民の各種アート展を開催する喫茶店なども多いアートの街・江古田。でもそれらの多くが個々の活動や行事なので、いかに街全体をつなげて活性化していくか、どうしたら外から人々を呼べる街にできるかをを考えてゆきたかったんです。それで、『アートとエコの江古田づくり』をしようと。そのエコの具体化を考えていたとき、講演会で出会ったのが、農業生産法人(株)銀座ミツバチ代表取締役社長の田中淳夫さんでした。練馬区在住だと知り、すぐに指導をお願いしたんです」
こうして2010年3月に始まったプロジェクトは、人が人を呼び、各方面に広がりを見せます。
「私はなんでもすぐ、つながりを作って、『協力して』とお願いしちゃう性格なんですよ(笑)。日本大学芸術学部や武蔵野音楽大学とも、出会った先生や関係部署の方々とつながり、活動が広がっていきました」
温和で明るい谷口さんとお話ししていると、自然と朗らかな気持ちになり、お手伝いしたくなる…取材中の会話の中でも、そんな印象を受ける方でした。
ミツバチ1匹から採れるハチミツは
小さじ1杯!
谷口さんのこの“つなぐ力”は、長年の職業柄、身に付いたものでした。
「大学卒業後、出版社に入ったのですが、初めての特集で、プロパン自動車の爆発事件を担当することになりました。事故そのものより、今後のエネルギー革命に焦点を当てた記事にしたいと。そのとき編集長に、『原稿は頭で書くな。足で書け! 足で調べた分は、行間に現場の味がにじみ出る。だから手も足も抜くな』と言われたんです。事故ということで、最初に自動車会社に電話したら、案の定どやされたんですが(笑)。めげずに芋づるをたどるように、目的や取材に協力してもらえる人を探していくと、必ず親切な協力者が現れるから不思議ですね…今の環境活動も、そこからスタートしました」
今の自分があるのは、長年かけて築いた人材ネットワークのおかげだという谷口さん。「どこを向いてもお世話になった人ばかりで。『ありがとうございます!』って頭を下げながら街を歩いています」と屈託なく笑います。
「引退後のボランティア活動でも、つい手間暇をかけちゃうんですよ。今も続けている環境会議でも、講演者を一人呼べば楽なのに、中高大学生から会社、行政まで巻き込んでしまう。そうすることで、中高生は将来の発表の経験になるし、大学生は就活に役立ちますよね。高校生や大学生には、『名刺交換をして積極的に交流しなさいね』と伝えています。私の役割は、いわば“つなぐコーディネーター”なんです」
街も人も生物や自然も、みんなつながって生きている。その生き方を、谷口さんは「共生」ではなく「協生」だと表現します。
「ミツバチ・プロジェクトの見学会に来た子どもに、『ミツバチの一生ではどのくらいのミツが採れると思う?』とクイズを出すんです。答えが『小さじ1杯』だというと、みんなエーッと驚き、『大切にいただかなきゃ!』と言います。『野菜や肉や魚も同じで、命あるものを頂いている。その中には農家さんなどの努力や苦労がいっぱいつまっている。私たちは、そうした恵みの中で生かされて生きているんだよ』というと、子どもたちはウンウンと一生懸命頷いてくれます。本当の食育につながっていくのを実感しますね」
「ミツバチ・プロジェクト」は見学者などの要望も受けて、1.「ミツバチの秘密と環境」の出前講座 2.花とみどりを増やし隊 3.ハチミツ名品のさらなる開発など、今後も取り組んでいく予定です。
協力して生きることをミツバチから学んだ子どもたちが、大人になって、どんな街づくりを目指すのか…。谷口さんの理想は、未来にもつながっています。
(2012年6月1日更新)
現在、メンバーは65人。
若者は柔軟な発想で、年長者は
長年の経験を出し合っています
中には「かわいくて仕方ない!」と
ミツバチを手に乗せて愛でる
中学生も!
対応に注意さえすれば、
ミツバチに刺されることは
ほとんどありません
巣箱の一角に作られた
ミツバチ本来の
美しい六角形の巣
見学会では正真正銘、
大学産の採れたて
ハチミツが試食できます。
季節の花も感じる味わい!
遠心分離機にかけて
採れたハチミツ。
今年は冬が寒く、
花の時期が短いため
ミツの量も少ないそうです
江古田のハチミツを使った
スイーツが商品化されています!
ハチミツ名品発表会での
「すのうべる」の発表
(写真提供:谷口氏)
「若者と市民の環境会議」での
東海大学発表の様子
(写真提供:谷口氏)
ミツバチの天敵・スズメバチも
元気が出る“スズメバチ酒”に
プロフィール
谷口 紀昭さん
1936年岡山県生まれ。大学入学とともに上京、結婚以来約50年、ずっと豊玉に住んでいる。専攻は文学部哲学科。卒業後、教育・石油関係の記者・編集者を経て、出版社を設立。引退後の現在は、ボランティア活動に奔走中。環境教育支援プロジェクト、人と環境にやさしい商店街づくりプロジェクト、江古田ミツバチ・プロジェクトと、様々な活動の中心となっている。2011年には、「環境活動コンテスト」で優秀賞を受賞した。練馬で好きな店は、江古田の喫茶店「ぶな」。好きな場所は、武蔵大学の8号館8階の50周年記念ホール。設置に協力した太陽光発電やミツバチの巣箱が置かれた3号館、そして江古田の街など、自分が“仲人”したり、関係するものがすべて見渡せて、とても豊かな気持ちになる眺めだという。
江古田ミツバチ・プロジェクト