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#052 工房「風切」主人
上野 優さん

子どもの頃に憧れた
艶やかな江戸錦絵凧を描く

 新春の澄み渡った青空に舞い上がる大凧。日本ならではの美しい風物詩ですね。大空にひときわくっきりと浮かぶ艶やかな江戸凧を、独自の感性で現代に引き継ぎ創作していらっしゃる上野優さんに凧作りの魅力をお聞きしました。


 練馬区田柄にある和凧・江戸凧工房「風切」。製作室に足を踏み入れると、壁には宝船に乗った七福神の艶やかな和凧が飾られていました。なんとも、おめでたい大作。

 「凧絵は昔から勧進帳、七福神、金太郎、武者絵など題材が決まっています。そこにどうやったらその刹那の表情が出せるかを考えながら創作しています。この『浪うさぎ』も昔からある題材ですが、波の動き、月の大きさ、うさぎの飛び方、空の色など、作者によって様々です」

 なるほど、2枚の波うさぎの絵を見比べると、赤い月をバックにうねる波間を飛ぶうさぎ。配置は同じですが、うさぎの表情や体の動き、波の荒れ具合はもちろんのこと、遠くに島が描かれているかいないかだけでも世界観が全く変わってきます。

 「子どもの頃から絵を描くのが好きでね、よく雑誌の挿絵なんかを真似して描いていました。本格的に絵を学ぼうと志した時期もあったけど、力量に限界を感じ、信用金庫の職員になりました。それでも絵を描くということはやめられず、30年以上前かなぁ、仕事先で偶然目にした凧絵に惹かれましてね」

 「毎日毎日、残業で疲れているときでも凧絵を描いていました。完成した凧をお得意さんに持って行き、飾ってきたりしてね。女房に迷惑だからやめなさい! とか言われながらさ(笑)」

 そんなこんなで12年前を転機に、いよいよ創作活動に専念することになった上野さん。今でこそ隈取筆や削用筆など用途によって使い分けていますが、当時は筆の種類すら全く知らず独学で描いてきたと言います。髪の毛の一筋一筋、これに関しては今も子どもの図工用の絵筆がしっくりとくるという。まさに巧みの技!


江戸凧の美しさを
自らの技と感性で受け継ぐ


 凧絵だけでも完成度は高いと思うのですが、上野さんはあくまで「凧」にこだわります。とてつもない時間と手間をかけて、すべて手作りにこだわるその姿勢は半端じゃありません。

 紙は、その昔、徳川光圀の編纂した「大日本史」にも使われたという高級和紙「西ノ内和紙」を使用。絵の具はホルベイン社の透明性水彩絵具。骨組みには一年以上乾燥させた真竹の弾力のある部分だけを使います。
 「竹屋のオヤジに文句言われながらも、節と節が長くて皮の薄い良質な竹を、一本ずつ店の奥から探し出してくるんですよ(笑)」

 今できる最高の力を出して、一品を作り上げる。職人としての誇りと信念に満ちあふれています。この美しい凧が、空高く揚がっている様子を見てみたい、でも芸術性が高すぎてもったいない…、なんてつい思ってしまいますが!

 「昔は子どもと一緒に揚げたりしましたが、今は誰もいない所で一人で揚げる度胸はありません。変なオヤジだと思われちゃう(笑)。でもね、凧は揚げて楽しむものだと思っているから、観賞用で購入される方の凧でも、すべて飛ぶように作っています。紙も丈夫、骨もしなやか、糸目もバランス良く張ります。糸目が揃っているとね、足が無くても揚がるんですよ」

 販売している凧の他に、オリジナルの注文も受け付けています。誕生祝い、合格祈願、商売繁盛などの願いを込めて。名前を書いた字凧は、「名をあげる」「志望校に合格する(あがる)」など、縁起がよいと喜ばれます。

 「これから死ぬまで創作を続けていきますよ。その時にしか描けない絵を、常に進化させ続けていきたいと思っています」 
 気さくで温かいお人柄の上野さん。最後に職人としての熱い心意気もしっかりと受け取りました。

(2010年12月28日更新)


七福神(宝船)


同じ題材でも躍動感が違います


南総里見八犬伝絵。
渾身の一筆で
髪の毛を入れます


凧の骨組みになる真竹を
一本一本削ります。
見ただけでバランスがわかるそう


今は見られなくなった
六角の糸巻き。
ご自身で製作されています


糸の張りを調節する
「コマ」と呼ばれる部品。
こちらも手作り


昔懐かしい奴凧


ミニチュア凧。
コレクター心をくすぐる精密さ


真剣勝負で製作に取り組んだ後は、
愛犬チョコちゃんに
癒してもらいます

プロフィール

上野 優さん

上野 優さん

1949年練馬区生まれ。和凧・江戸凧工房「風切(かぜきり)」主人。サラリーマン時代に出会った凧絵に魅せられて創作活動をはじめる。以来30年以上、独学で技をみがき、12年前から凧職人として専念。現在では数少ない手作り江戸凧職人のお一人。テレビ番組を始め企業など各方面で作品を認められ活躍中! 練馬育ち、練馬を愛する上野さんのお気に入りの場所は「石神井公園・三宝寺池」蓮の花やこぶしが咲く時期が特にお好きだとか。


和凧・江戸凧工房「風切」
http://kazekiri.com/

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