特集記事 Reviews

ねりま人#131 秋葉弘道さん(アキダイ代表取締役社長) 画像

ライター:松田 亜希子 さん ねりま人

ねりま人#131 秋葉弘道さん(アキダイ代表取締役社長)


プロフィール/あきばひろみち 1968年生まれ。高校1年生から八百屋でアルバイトを始め、青果商の仕事に魅せられる。独立を目指して修業を積み、1992年、練馬区関町に「アキダイ」創業。青果を中心に鮮魚、精肉、一般食品も揃えた小規模スーパーとして地域に愛される店づくりに注力。2024年2月現在、関町本店、中村橋店など8店舗のスーパー、ほかにもパン・惣菜店、焼鳥店、居酒屋、ダイニングバーを展開。テレビの情報番組をはじめメディア登場は年間約350回に上る。著書に『いつか小さくても自分の店を持つことが夢だった スーパーアキダイ式経営術』(扶桑社)。

食品値上げに野菜の記録的不作、レジ袋有料化…。そうしたニュースがあるたび、メディアの取材が殺到する「アキダイ」の名物社長、秋葉弘道さん。「日本一有名な八百屋さん」と呼ばれるようになった現在までの道のり、現場主義を貫く仕事ぶり、地域への想いを伺いました。

高校時代のアルバイトで八百屋という天職と出合う

高校時代のアルバイトで八百屋という天職と出合う 画像

西武新宿線の武蔵関駅から徒歩5分ほどの住宅街にある「アキダイ」関町本店。新鮮な野菜、果物、魚、肉などが所狭しと並び、威勢のよいスタッフのかけ声が響き渡る店内は、たくさんの常連客で賑わっています。「このあいだ買ったねぎ、お鍋に入れたら美味しかったわよ」と声をかけてくれるお客さんに笑顔で応える秋葉さん。「近隣に大手スーパーが複数あるにもかかわらず、わざわざうちに来てくれるお客さんには感謝しかありません。みなさんからいただく温かい言葉の数々が僕の原動力になっています」


秋葉さんの出身は埼玉県入間郡。のどかな田舎町で少年時代を過ごしました。店頭で接客したりテレビに出たりする今の姿からは想像できませんが、小学生のころは極度の口下手だったとか。それを克服しようと、中学では体育祭の応援団長、高校では生徒会長を務めるなど、あえて人前でしゃべることに挑戦。「高校1年生から始めた八百屋のアルバイトもチャレンジの一環でした。それが天職との出合いになったんです」

仕入れから販売まで商売のイロハを体に叩き込む

仕入れから販売まで商売のイロハを体に叩き込む 画像

それまでにも工場でライン作業のアルバイトをしたことがありました。「でも単調な作業内容や人と交わらない職場がつまらないことに気付いて…。お客さんと日々コミュニケーションできる八百屋の仕事を始めてこれだ!と思ったわけです」。先輩たちの接客を見聞きし、セールストークが売れ行きに直結する面白さに目覚めた秋葉さん。自分なりにトークを工夫するようになり、1日に130箱の桃を売ったことも。アルバイト時間外の開店準備を手伝うなど積極的な姿勢が評価され、2年目には高校生ながら売り場の値付けまで任されるようになったそうです。


高校を卒業した秋葉さんは、家計を助けるために計測制御機器の大手メーカーに就職します。でも3年間没頭した八百屋の仕事がどうしても忘れられず、1年余りで退職。かつてのアルバイト先に正社員として雇ってもらい、仕入れから販売まで商売のイロハを体に叩き込んでいきました。毎朝5時半に家を出て青果市場へ行き、買い付けたものをトラックに積み込むと、先輩たちが朝食をとっている間に、仲卸業者さんなどから青果の目利きを教えてもらう日々。天候や生産地の状況を踏まえて価格交渉する力もこのとき身に付けました。こうして修業に明け暮れ、22歳で結婚する頃には、いつか自分の店を持つという夢が近い将来きっと叶うと思えるようになっていました。

いよいよ独立開業。しかし最初は苦難続きだった

いよいよ独立開業。しかし最初は苦難続きだった 画像

満を持して練馬区関町に「アキダイ」1号店をオープンしたのは1992年のこと。なぜ縁もゆかりもないこの町だったのでしょうか。「まだバブルの余韻が残っていた時代です。空きテナント探しに奔走しましたが、どこの馬の骨かもわからない若者に貸してくれる人はいませんでした」。断られても断られてもめげず、土地勘のないエリアの不動産屋も片っ端から訪ねていたある日、関町北に「テナント募集」の貼り紙を見つけたのです。八百屋開業に懸けるありったけの熱意を大家さんに伝えている途中で、23歳の秋葉さんと大家さんの娘さんが同い年であることが判明。「娘の同級生が頑張って挑戦するなら」と貸してくれることになりました。「あのときは心底うれしかったですね。門前払いが続いたあとだけに、応援してくれる人のありがたみを感じた瞬間でした」


しかし苦難は続きます。オープンしたものの、お客さんがほとんど来店しない事態に直面したのです。駅から離れた住宅街という立地からか、売上が低迷しました。お客さんを店に呼ぶことの大変さを思い知った秋葉さん。来る日も来る日も閑古鳥が鳴く店に立ちながら、「よし、1年だけ何が何でも頑張ってみよう。すぐあきらめたのでは、応援してくれた古巣の店や開業資金を貸してくれた親族に顔向けできない」と決意を新たにしました。

練馬の人は温かい。地域のみなさんに支えられたから今がある

練馬の人は温かい。地域のみなさんに支えられたから今がある 画像

店の前を通るバスの乗客に向けて「大根1本10円」と書いたダンボールを掲げて安さをアピールするなど、ありとあらゆる努力をします。たまにお客さんが来ると、これまでに培った商品知識をフル稼働し全身全霊で接客。そうしているうち「品揃えがいいし、あなた野菜のことをよく知ってるわね。今度、友達を連れてくるね」と言ってもらえるように。新規のお客さんが徐々に増えていき、人が人を呼ぶ口コミ効果によって、1年後には繁盛店になっていたのです。「都心と違って練馬は人のつながりが濃いんです。そしてみなさん温かい。本当に地域の人たちに支えられてきたから今があると思っています」


秋葉さんには開業間もない頃の忘れられない思い出があります。ある日、トラックの荷台からキウイフルーツを路上にばらまいてしまいました。それをたまたま見ていたあるお客さんが一緒に拾ってくれて「これ、売り物にならないでしょう。今から仕事だけど、帰りがけに寄るから取っておいて」と言い、本当に買い取ってくれたそうです。「こういう経験をしてきたので、お客さんの信頼を裏切るような商売は絶対にしないと肝に銘じています。修業時代に青果市場で学んだ仕入れ力を駆使して、高品質な商品をできるだけ安く提供することをいつも心がけてきました」

スーパーの利便性と温かみのある接客を兼ね備えた店に

スーパーの利便性と温かみのある接客を兼ね備えた店に 画像

「アキダイ」は関町本店、中村橋店のほか杉並区、世田谷区、松戸市、府中市にもスーパーを展開。飲食店なども含めた全12店舗の従業員数200名以上、年商40億円以上のグループに成長しました。青果だけでなく鮮魚、精肉、一般食品も取り揃えたスーパーでありながら、昔ながらの対面販売をしているのが特徴です。ワンストップで買い物ができる利便性と、温かみのある接客を両方提供しようというわけです。「うちのように販売スタッフがお客さんに食材選びや献立の提案をする光景は、セルフサービスの大手スーパーではなかなか見られないでしょうね」


秋葉さんは今でも毎朝6時に市場へ出向き、卸業者さんから生産地の情報を得たり、掘り出し物を試食して買い付けたりしています。そして関町本店に戻り、従業員とともに接客販売。毎日のように入る取材対応にも追われます。夕方4時頃に事務所へ移動し、各店舗から届く翌日分の発注伝票をもとに、卸売業者へ大量の青果を事前注文。良い商品を確保するのに、長年築いてきた市場関係者との信頼関係が役立っています。ちなみに鮮魚と精肉の仕入れは専門の従業員に任せているそうです。

メディアを通じて“青果業界の今”を伝えるのは自分の使命

メディアを通じて“青果業界の今”を伝えるのは自分の使命 画像

通常業務だけでも大忙しなのに、なぜメディアの取材を積極的に受けるのでしょうか。何しろ1日に複数件の取材はあたりまえ。テレビ各局のクルーが店の前で順番待ちしていることもよくあるのだから驚きです。「よほどの用事がない限り、当日のアポでも対応するので僕に依頼しやすいんでしょうね。自ら仕入れや販売をするので、生産地の状況や相場感から消費者の気持ちまで、何でもコメントできるのも重宝がられる理由ではないでしょうか。メディアを通じて、そうした“青果業界の今”を伝えるのは自分の使命だと思っています。だからすべてノーギャラで受けているんですよ」


あまりにテレビに出るので、最近は秋葉さんのモノマネをするお笑い芸人まで現れ、すっかり全国区の有名人に。テレビ局で収録するバラエティ番組に出演することも増え、おもちゃ会社からキャラクターグッズが発売されたり、不動産会社のネットCMに出演したりと、まるでタレント並みの活躍ぶりです。「新しいことにチャレンジできるのは、ありがたいし楽しいです。もし東京ドームで歌えって言われたら、喜んで歌いますよ(笑)。テレビで僕のことを知ったスーパー経営者のご夫婦が、今後の経営をどうすべきか相談したいと大阪から見えたことがありました。困っている人の役に立てるのはうれしいですよ。僕自身がかつて困っていたとき人に助けられましたから」

愛され続ける店でいるために、地域社会との共生は欠かせない

愛され続ける店でいるために、地域社会との共生は欠かせない 画像

関町本店では、10数年前から地域の小学生の社会科見学を受け入れています。野菜や果物がどのようにして生産者から食卓に届けられるのか。その流通プロセスで市場や八百屋はどのような役割を担っているのかなどをレクチャーしているそうです。また地域の中学校の職業体験学習に協力し、生徒を受け入れて品出しや接客を体験してもらうこともしています。


店には自然災害に備えて炊き出し用のガスボンベを常備。「スーパーだけに食品と水はたくさんありますからね。万が一ライフラインが途絶えても、調理してみなさんにふるまうことができるかなと」。そう話す秋葉さんは、高齢化社会を見据えた新サービスも構想しています。地域の老人会と連携し、「アキダイ」の従業員が同行する買い物ツアーです。来店したくても1人では外出が困難な高齢者の方々に喜んでいただきたい。開業時から支えてくれた地域に恩返しがしたい。愛され続ける店でいるために、地域社会との共生は欠かせないものと考えています。

生産者もお客さんも従業員も幸せになる店が大前提

生産者もお客さんも従業員も幸せになる店が大前提 画像

2023年3月、「アキダイ」は首都圏を中心に店舗拡大を続けるスーパーチェーン「ロピア」の傘下に入りました。これまでも複数他社からM&Aのオファーがあったものの、ずっと断ってきたといいます。しかし今回は、若い従業員が長く安心して働ける環境づくりのために提案を受け入れました。「経営は黒字だし、身売りということではまったくないんです。自分も年齢を重ねてきて後継者が育っていないこと、『アキダイの屋号を残したままで秋葉さんの好きにやってください』と言ってもらえたことで決断しました」


現在、秋葉さんは「アキダイ」の社長を務めつつ、「ロピア」グループ全体の青果アドバイザーとして活動中。同グループの新規店と仕入れ先をつないだり、産地開拓のために日本各地へ出向いたり。若い従業員を数名預かって、「アキダイ」流の仕入れや接客を伝授するのもミッションの1つです。「ますます忙しくなってしまいましたが、どの仕事も大いに楽しんでいます。新しいことにチャレンジするのが根っから好きなんですよね」

 画像

今、特に注力しているのが「アキダイ」のPB(プライベートブランド)を育てること。生産コストが上がっているなかでも妥協せず、こだわりの栽培法で本当に美味しい農産物を作っている生産者を応援したい。そんな想いから始まったプロジェクトです。優れた生産者と直接契約することで、店側もほかでは買えない特別な商品を安定した低価格で提供できるメリットがあります。「生産者もお客さんも従業員も幸せになる店が大前提。そのうえでグループをもっと成長させていきたいですね」。八面六臂の活躍はまだまだ続きそうです。
(取材日:2024年1月12日)


フリー編集者&ライター 松田亜希子(Akiko Matsuda)

ねりま人一覧