特集記事 Reviews
#090 株式会社 愛和義肢製作所 代表取締役
林 伸太郎さん
誰にも作れないものを作る
それを支えるのは技術と気持ち
差し出された一本の指。女性の中指だというそれは、手に取るのを躊躇してしまうほど本物そっくり! 林さんが「ここまでアップで見ても耐えられる物は他にはない」と、胸を張る愛和義肢製作所で作られた義肢です。一般的に使われている義肢と比べても、その差は一目瞭然。それでも、「よくできた!と自分で思えることは年に1回あるかないか」だと話します。
「9割9分満足しないですよ。もう少しこうすればよかったって思うことばかり。見た目だけじゃなくて、機能的であることも大事です。結果は、一度作った人がリピーターとして戻ってきてくれるかどうか。義肢は芸術品ではないですから、人が使ってなんぼなんです」
愛和義肢では、その人の反対側の手をモデルに義肢を作ります。だから、他の指と並んでもまったく違和感がありません。生体とのつなぎ目は、シリコンを指が透けるほど薄く加工してあるためぴったりフィット。時にユーザーさんの顔写真も撮ると言います。
「その人の表情とか雰囲気とかが指にも出るんです。本当は作っている間ずっと隣にいてほしいくらい」。 これだけ精巧なものを作るには、最低でも1か月くらいはかかりそうですが、ここでは3日間、延べ8時間で仕上げるそう。
「スピードは常に求めています。1つ仕上げるのにだいたい3人くらいで回すんですけど、早くできれば質を追求できるし、失敗して作り直す時のリスクも低い。たくさん作れば価格も落とせて、結果的にユーザーさんの利益になる。だから、常に早く、早く。もう毎日、試合してるみたい。一日が終わった時に、今日もいい試合したなって思います(笑)」
まるでアスリートのように、ストイックにレベルアップを図る林さん。淡々とした口調で「大事なのはペースを守ること」だとも。
「仕事は、人生をかけてやる長距離走。若いころは泊まりこんで作業したこともあるけど、3日ぐらいやるとフラフラで持たないんですよ(笑)。それじゃあいいものもできないし、結果的に効率が悪くなることを学びました。今は忙しい時ほど早く帰ります。社員にも、朝の時給を高くして、残業するより朝早く来ることをすすめています」
すべてはそれを求める人のため
自分一人が作れても意味がない
社内のあちこちに花や緑が飾られていて、遠方からや緊張して来られるユーザーさんがリラックスしやすい空間に。植物が大好きな林さんですが、世話をするのは子どもの頃から共に成長してきたベンジャミンの木だけ。その他は社員に世話を任せています。
「植物は世話をしないと枯れます。仕事が忙しくなると、気持ちに余裕がなくなって誰も花の水を変えない。水が濁って花は枯れます。気持ちに余裕がないと、それが形にでる。ガツンガツンでる。製品にならないんです」と、植物もただの飾りにしない、職場にいい緊張感が生まれる見事な工夫です!
工夫は他にもあります。林さんの作業机の横には、イーゼル型の大きな紙があり、気づいたことや気になったことが図解でびっしり! 社内で情報を共有するため、社員が通りがかりに覗くことができ、過去に遡って見ることもできます。
「自分がいなくなったから、作れないでは困るんです。だから知識はすべて差し出します。企業秘密にするつもりもないから、要望があれば他の義肢屋さんの修行も受け入れます。1年ほどかけてやり方を覚えてもらって、会社に持ち帰ってもらう。うちが少しずつシェアを伸ばすことで、業界を刺激したい。ユーザーさんのためにも業界全体のレベルを上げたいんです」
「世界各地の義肢制作現場も見学しましたが、ここまでのものを作っているのは日本とイギリスだけ。作れないからではなく、国によって求められているものが違うから。日本でも、ユーザーさんによって求めるものは違います。指を失って日が浅い人は『元に戻してほしい』と思っている。先天性や何十年も指がないまま生活してきた人の中には、『自分は構わないけど、周りが気にするから…』という理由で作ることが多いんです。どちらにしても、僕はその人が求めているものをつくる。それだけです」
「本当はこんなのがなくてもいい世の中が一番」と語る林さん。厳しい姿勢の裏側に、義肢を求める方に対する思いやりが溢れていました。
(2014年4月1日)
それを支えるのは技術と気持ち
差し出された一本の指。女性の中指だというそれは、手に取るのを躊躇してしまうほど本物そっくり! 林さんが「ここまでアップで見ても耐えられる物は他にはない」と、胸を張る愛和義肢製作所で作られた義肢です。一般的に使われている義肢と比べても、その差は一目瞭然。それでも、「よくできた!と自分で思えることは年に1回あるかないか」だと話します。
「9割9分満足しないですよ。もう少しこうすればよかったって思うことばかり。見た目だけじゃなくて、機能的であることも大事です。結果は、一度作った人がリピーターとして戻ってきてくれるかどうか。義肢は芸術品ではないですから、人が使ってなんぼなんです」
愛和義肢では、その人の反対側の手をモデルに義肢を作ります。だから、他の指と並んでもまったく違和感がありません。生体とのつなぎ目は、シリコンを指が透けるほど薄く加工してあるためぴったりフィット。時にユーザーさんの顔写真も撮ると言います。
「その人の表情とか雰囲気とかが指にも出るんです。本当は作っている間ずっと隣にいてほしいくらい」。 これだけ精巧なものを作るには、最低でも1か月くらいはかかりそうですが、ここでは3日間、延べ8時間で仕上げるそう。
「スピードは常に求めています。1つ仕上げるのにだいたい3人くらいで回すんですけど、早くできれば質を追求できるし、失敗して作り直す時のリスクも低い。たくさん作れば価格も落とせて、結果的にユーザーさんの利益になる。だから、常に早く、早く。もう毎日、試合してるみたい。一日が終わった時に、今日もいい試合したなって思います(笑)」
まるでアスリートのように、ストイックにレベルアップを図る林さん。淡々とした口調で「大事なのはペースを守ること」だとも。
「仕事は、人生をかけてやる長距離走。若いころは泊まりこんで作業したこともあるけど、3日ぐらいやるとフラフラで持たないんですよ(笑)。それじゃあいいものもできないし、結果的に効率が悪くなることを学びました。今は忙しい時ほど早く帰ります。社員にも、朝の時給を高くして、残業するより朝早く来ることをすすめています」
すべてはそれを求める人のため
自分一人が作れても意味がない
社内のあちこちに花や緑が飾られていて、遠方からや緊張して来られるユーザーさんがリラックスしやすい空間に。植物が大好きな林さんですが、世話をするのは子どもの頃から共に成長してきたベンジャミンの木だけ。その他は社員に世話を任せています。
「植物は世話をしないと枯れます。仕事が忙しくなると、気持ちに余裕がなくなって誰も花の水を変えない。水が濁って花は枯れます。気持ちに余裕がないと、それが形にでる。ガツンガツンでる。製品にならないんです」と、植物もただの飾りにしない、職場にいい緊張感が生まれる見事な工夫です!
工夫は他にもあります。林さんの作業机の横には、イーゼル型の大きな紙があり、気づいたことや気になったことが図解でびっしり! 社内で情報を共有するため、社員が通りがかりに覗くことができ、過去に遡って見ることもできます。
「自分がいなくなったから、作れないでは困るんです。だから知識はすべて差し出します。企業秘密にするつもりもないから、要望があれば他の義肢屋さんの修行も受け入れます。1年ほどかけてやり方を覚えてもらって、会社に持ち帰ってもらう。うちが少しずつシェアを伸ばすことで、業界を刺激したい。ユーザーさんのためにも業界全体のレベルを上げたいんです」
「世界各地の義肢制作現場も見学しましたが、ここまでのものを作っているのは日本とイギリスだけ。作れないからではなく、国によって求められているものが違うから。日本でも、ユーザーさんによって求めるものは違います。指を失って日が浅い人は『元に戻してほしい』と思っている。先天性や何十年も指がないまま生活してきた人の中には、『自分は構わないけど、周りが気にするから…』という理由で作ることが多いんです。どちらにしても、僕はその人が求めているものをつくる。それだけです」
「本当はこんなのがなくてもいい世の中が一番」と語る林さん。厳しい姿勢の裏側に、義肢を求める方に対する思いやりが溢れていました。
(2014年4月1日)
愛和義肢製作所で
つくられた義肢(写真右)。
左の既製品と比べると、
質感、しわ、爪の色が
全然違うのがわかる
愛和義肢製作所の外観。
ユーザーさんが入りやすい
ように看板はあえて控えめ
作業風景。
創業時は真ん中の
作業台しかなかった
義肢にエアブラシで
着色している様子
10歳の頃から育てている
ベンジャミン。
林さんと一心同体で、
東日本大震災の後、
仕事が途切れた時は
葉っぱが全部落ちたそう
イーゼル型のノート。
細かい字や絵がびっしり
書き込まれている
江古田駅南口にある
花屋「PLUTO」。
林さんのお気に入り。
週1で職場に配達してもらう
お気に入りの場所は浅間神社。
江古田駅北口を出て
すぐのところにある
プロフィール
林 伸太郎さん
1974年生まれ。埼玉県上尾市出身。子ども時代は図画工作が得意で、ゲーム機の分解をするなど好奇心も強かった。高校卒業後、進む道が見つからずアルバイトを転々とし、フリーターも経験。見学に行った専門学校で初めて義肢を見て「俺が作ったほうが上手いだろうな」と思いその道に進む。義肢装具士の国家資格を取得し、老舗の義肢製作会社に就職し技術を学ぶ。2003年に独立、練馬区栄町に愛和義肢製作所を立ち上げる。一社が95%のシェアを占める義肢業界で、独自に開発した製品を世に送り出し、業界に風穴を開けた。その様子が今年1月にNHKの番組「プロフェッショナル」で放送され、その翌日に100本以上の電話注文が入り、現在は半年先まで予約で埋まっている。無類の植物好きで、作業場に置かれたベンジャミンの新芽が、いつどこに出たかをすべて把握しており、葉の成長と自身の仕事のスピードを競うこともある。練馬で好きな場所は、大木がある小竹町の「浅間神社」。今年の正月の初詣では社員と富士塚に登っている。プライベートでは3児の父。
愛和義肢製作所